Piccolo Mondoの部屋

Yahooブログから引っ越して来ました。30年から50年前の「古い車」や「ミニカー」の事をお話しさせて頂きます。 老人のたわごととしてお聞き下さい。

2010年11月

今日23日、汐留のイタリア街をスタート・ゴールで「Coppa di Tokyo」が開催された、

昨晩、私のクラシックカーイベントのパートナーから電話が入って
「コッパ ディ 東京」を見にいきませんか?」とお誘いを受けた。

天気予報では寒くて雨、友人に「雨が上がったら行こうね」と返事をした。

朝の7時前に外を見ると、「小雨」

これなら大丈夫、と言う事で、友人のベンツに乗って会場へ向かった。


汐留近辺に行くと、エントリーの車と遭遇、助手席に小さな子供を乗せた真っ赤な「バルケッタ」が我々を追い越していく。

会場に到着すると、続々とエントラントの車が来て、広場がそれらの車で一杯になって来た。
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Coppa de Tokyoのパンフレット、金500円也
 
 
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スタートの看板、東京は今回で3回目
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スタートを待つ、車達

今年はアルファロメオ100周年、と言う事で、アルファが多い、
 

また、イタリアの小排気量の車も沢山出場している。
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我々のメンバーの「スタンゲリーニ1100S」
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同じくメンバーのランチャ・アッピアザガート、ようやく動くようになった。
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ランチャ2台左の赤いのがフラミニア


私達のクラブメンバーでは「スタンゲリーニ」と「ランチャ・アッピア・ザガート」の2台、そして「ルノーR8ゴルディーニ」のナビを務めている女性の仲間もいた。
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ルノーR8ゴルディーニ


その他にも親しい仲間が大勢出場、10時にこの場所をスタートして下町を一周して戻って来た。
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今回の珍しい車、FIATのムルティプラ
 
私達はスタートを見送って、喫茶店でお茶を取り談笑、

そうこうしている間に、先頭車両が戻って来る時間になった。

早めの昼食を取って、皆さんの帰りを待つ。

スタート時には小雨だった、空から日が差して来た。
 
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FIAT LOMBARDO 1100
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シボレーインターナショナル 1929年式

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あっぱれ、木製スポークホイール
 
 

でも、このイタリア街はビルの谷間なので陽射しが無く、寒い。

ダウンを羽織って大正解だった。
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ちょと乗ってみたい車、シトロエンDS19
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結構有名なこのナンバーの300SL、最近持ち主が替わったようだ。

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ガルウイングを開けたところ
 
この様な1Dayのイベントも参加しやすくいいものだ。

来年は出ようかな?
 
沢山の写真を撮ったが、まずは腕が悪い、次に小雨、とあまりいい写真が撮れなかった。
 
最後に、
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路上に停車していた「ベビーサンダー」格好良かった。

今日は久々にイベント用の愛車「VOLVO P1800S 1965」のエンジンに火を入れた。
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都築SAにて
 
前回は・・・そうだ、7月9日10日11日に行なわれたスプレンドーレ伊香保以来となってしまう。
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まだFIAのシールを貼ったまま
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JAFの公認ラリーの証明書
 
バッテリーが上がっているかと思ったが、セルも回り、程なくエンジンも掛かった。

暫く暖気運転、調子も良さそうだし、天気もいいので、久々に一回りする事とした。

自宅を出発、環状八号線から第三京浜に入り、都筑ICで下りて、下道を走り、

港北ICから再度第三京浜に入り、東京へ戻る30Km位の走行、

愛車はいたって順調、耳を澄まして異音もチェック、ブレーキも問題無し、ただ、スピードメーターの動きが鈍い、これは前回のイベントの時もこの症状が出ていたが、まだ修理を行っていない。

次のイベントまでにはメーターのOHを行なおう。
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愛用のドライビンググローブ
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これまた愛用のドライビングシューズ、破けているが使い易いのでまだ履いている。

私はイベント用にこの車、ツーリング用にはジャガーXJSコンバーチブル、そして普段の足用にはメルセデスC36を使用しているが、

最近はイベントに全く参加していないので、P1800Sは車庫に眠ったままであった。

久々のドライブ、わずか30Kmの走行では有ったが、楽しかった。
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通常のP1800はもっとトレッドが狭いが私のP1800はこの様にトレッドが広い。
 
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6Jのスティールホイール、大変珍しい一品である。タイヤはミシュラン、ほど良く滑って走りやすい。

14日の日曜日は、孫の七五三で前橋まで出向いた。
折角前橋まで行くので、車仲間に呼びかけ、14日の夜は赤城温泉の湯之沢館に宿泊する事とした。私が七五三へ列席中、仲間は日光経由で渡良瀬渓谷からトントン広場で昼食、そして旅館へ向かったようだ。
 
私は、新前橋の駅に家内を送って行き、その足で湯之沢館へ向かう。
旅館の駐車場へ到着、旅館はそこから徒歩5分、沢の下で急な階段を下りる。
七五三と言う事でスーツに革靴、トランクに入っている、ドライビングシューズに履き替えて旅館に向かう。
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ちょっと温めの温泉、長時間入っていることが出来た。
 
旅館には既に車仲間が到着していて、早速温泉に浸かり、暫しのんびりと温泉で談笑し、6時30分から夕食となった。
 
料理を見て「唖然」 昼に料亭で和食の会席料理、夜も似たような料理でちょっと「うんざり状態」 沢山の料理が出たが、殆ど残してしまった。
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この様なボリューム
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切り込みうどんも出た。美味しかった。
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山芋のつくね甘酢あんかけ
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ワカサギのカルパッチョ、このように次から次に料理が出て満腹となった。
 
翌朝の朝食もこの様に豪華な料理、それに加えて、女将の孫が七五三だったので、お赤飯まで振舞われた。お赤飯を残しては、女将に申し訳ないとの気持ちから全て平らげ、お腹一杯となってしまった。
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これが朝食、これ以外にお赤飯も出た。
 
今回の車仲間は普段の足車での参加者が多かった。
でも1台だけ、VOLVO P1800Eでの参加者もいた。
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紅葉もチラホラ
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旅館の下には沢が有って、水音が心地良い
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メルセデス Cクラス2台 手前がC200、後がC36
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1台だけ、旧車で参加、VOLVO P1800E
 
旅館を出発、山道を駆け上がり、山頂の大沼へ向かう。
大沼にある赤城神社をお参りし、池のいる鯉に餌をあげたり、のんびりと時間を過ごした。
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赤城神社
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赤城神社へ向かう橋、鯉に餌をあげた。
 
次は、昼食会場へ向かう、お蕎麦の美味しい「さゝや」へ直行、そこで、私は評判の「カレー蕎麦」を食べる。とろみのあるちょっと辛めのカレーで冷えた体が温まった。
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ここからは赤城ICから関越道に入り、東京へ向かう。
 
そこで、私は友人が乗って来た、メルセデスC200を運転、その友人は私のC36を運転する事とした。この友人は多数のメルセデスを所有し、メルセデスに関してはかなりの知識を持っていて、何時も何かと相談している人物であり、また、私のクラシックカー・ラリーのパートナーでもある。
 
その友人が今回「下駄代わり」のC200を持って来たので、C36と比較する意味からも試乗させてもらった。
 
C36と比べて車高も高く、乗り心地はソフトである。また、4気筒エンジンなので、フロント部分が軽く、取り回しも楽である。
しかし、トルクもパワーも無いので、C36とは比べ物にならない走りではあった。
又、ボディーの剛性感も劣るようだ。「スポット溶接の数が少ないのかな?」と感じた。ブレーキのフィーリングもC36とは全く別物、普通の乗用車である。
190Eに比べても品質は落ちている事を実感した。
しかし、足車とするならこれで十分とも思った。
C200を所有している友人は様々なメルセデスに乗っているが、C36の運転は初めてとの事、彼曰く「C36はスポーツカーでC200とは全く別物ですね。」とのコメントだった。
途中のSAで乗り換え、C36で帰路に付いた。
ゆったり、まったり、と大変楽しい一日だった。
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東京に居る孫へのお土産「竹とんぼなどの民芸竹細工」
 

週末、北軽井沢へ出向いた。そろそろ冬支度、管理会社からの連絡で水道管に熱線を入れて有るとのことなので、今年最後の点検に現地へ出向いた。
これで、我が別荘も来春まで冬眠に入る。
 
今回は一人旅、よって、ジャガーXJSを引っ張り出し、高速を下りてからは屋根を外してオープンに、日差しが暖かく心地良いドライビングが出来た。 
もう、紅葉は終わっていると予測していたが、やはり猛暑の影響、北軽井沢では紅葉がまだ残っているのに驚いた。
 
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紅葉が残っていた。
 
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庭には落ち葉が絨毯の様になっていた。
 
 家を一通り点検、異常無し、後は管理会社に任せて水抜きや猪避けの電柵の撤去を行なってもらう事とし、クラシックカーのコレクターとして有名な北軽在住のM平コレクションを訪問した。
 
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ガレージに収まっているポルシェ356スピードスター
 
M平さんの庭に今まで見たことの無い「ロータス・スーパー7」が止まっている。
持ち主は、何とバイクコレクターとして有名なH野温泉のH野氏のご子息だった。
お父上のH野さんには何度となくお会いし、バイク音痴の私に懇切丁寧にバイクの話を語ってくれたのを思い出す。彼は昨年急逝され、大変悲しい思いをしたが、そのご子息だった。
H野さんがスーパー7をお持ちだったのは知らなかった。さすがにH野さん、セブンでも一番魅力有る「62年式のシリーズⅡ」である。
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1962年式 ロータス・スーパー7「シリーズⅡ」 細いタイヤが魅力的
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室内もこの様にシンプル
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 何と載っているエンジンはコスワース、勿論ウエーバーのサイドドラフトのキャブ、1500CCだそうだ。
M平さん、このH野さんのご子息、そして私の3名で近所のカフェに出向いてお茶をし、暫し楽しく団欒を行なった。
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 セブンとXJSのツーショット、方や軽量と両極端な英国車、セブンの勝ちかな?
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サンテラスと言うカフェ、今年の営業はこの日までとの事だった。
 
このご子息はお父様譲りの大変な好青年、来春に軽井沢警察の前で「カフェ」を開くとのお話しだった。お父様の思い出の詰まった「カフェ」にするとの事で今から楽しみである。
 
日曜日には用事が入っているので、日帰りの強行軍、帰路は倉渕線から榛名経由、そして前橋に住んでいる息子家族を訪問して、深夜に帰宅した。
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夕焼けの浅間山とジャガーXJSコンバーチブル
 
 

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